あの星への願い

思兼神(おもいかねのかみ)編



思兼神というのは日本書紀、または古事記に登場する神様であり『思慮兼ね備える(おもひかねそなえる)』という意味を持つ


非常に想い、思想、気持ちを分かる神様でもある。

 



同時に知恵の神、学問・受験の神として信仰されており、各地では祀られているところも少なくない。

 



芳乃深夜はある意味では、魔法使いでもあり、また科学を信奉する女性でもあるのだが


それゆえか、日本神話にも興味を持っていた…まあ、そんな、日本人ですら早々知りえないようなことにも知識を持つ。

 



知りたいことは知る。彼女の心言らしいが、彼女らしいというかなんと言うか…


こと、芳乃深夜嬢はそういう意味では古典的な考えを持つ人間であることも事実だ。

 



彼女は、米国物理学学会における宇宙創生説に関しても


『唯一絶対神という概念こそがそもそも間違えであって、この世界はいくつもの神が個別に生成して宇宙のひとつに過ぎず

その親世界によって生み出されたのがこの世界であり、親世界こそ時間という概念のない無限の世界ではないか』という仮説を唱えている。



そうした彼女が思う世界はいったい何なのか…


いくら博士号を持っているさくらが布団に入りながら、その睡魔とともに考えたとしても少ない情報ではたいした事も浮かばず、寝てしまったのだった…

 


 


 



その日、純一は猛烈にかったるかった。


ああ、どうせ俺はかったるいよ。悪いか、と言いそうなぐらいのかったるさだった。




だが、それは、別にやりたくないとかそういった概念のものではない。

朝から狂ったふうに咲き続けている桜のせいであるところが大だ。朝からTVはこぞってこの異常現象の再来を放送し

あまつさえ、音夢がまともな朝食まで作れば驚くのも当然だ…



とは言ったものの、料理の方はその桜との原因はまったくなく、彼女の約一年の成果なのだが…

まあ、とにかくそれを含めてかは後として、純一はかったるそうに風見学園へと向かった。




昨日の夜にさくらの母さんこと芳乃深夜さんにお酒飲まされたからなぁ〜〜しかも日本酒は厳しいだろう…



まあ、予想以上に自分のお酒への耐性が強いことと、逆に音夢は弱いことを知った日であったと純一は思った。


今度、音夢に少しずつお酒を飲まさせてやるという野望を持ちつつ、とにかく彼は風見学園に到着する。

 


「さくら…以外と早いなぁ…」


「ボクがお兄ちゃんよりも遅れたことがあった?」


いや、ない。


すべてにおいて時間どおりか、俺が遅れた事しかないな…ということに気づいた純一は、話しの開始早々詰まってしまった。


…分かりやすい奴である。

 



「と、とにかく杉並を呼ぶと…」



「呼んだか。マイスイートハニー。」


「お前のマイスイートハニーになった覚えはない。というか気持ち悪い。くっつくなっ!」

 



まったく持って不思議な男『杉並』である。あいつの下の名前は風見学園一の権力を持つ暦先生

(なぜか校長や学園長も依頼して教師をしてもらっている暦先生には逆らえないらしい)ですら知らないほどだからな…

もっとも、暦先生の場合はそうやって調べようと時々する生徒をからかっているだけかもしれん…



「まったく連れないな。まあよい。それで昨日から調べるように言われた芳乃深夜嬢だったな。


教えてやらんでもない。だが…これはどう言うことだ。突然咲いた桜との関連性があるのだな?」



杉並はそういいながら彼の指す桜公園…満開の桜で埋もれている…その空間を二人に見させた。

まだ幼き頃はあれがきれいだと思っていた。

2〜3年前には既に慣れていた。


だが、今見たその桜の木はむしろ、不気味で狂っているようにしか見えなかった。


結局、目線でさくらに言うべきか純一は問うことに純一はした。

さくらが教師を風見学園でしているせいか、こういう目線による会話は奇跡的なレベルまでに上達していたりする。

もっとも、それが本当に通じているかなど一度たりとも確かめた事はないがw



(さくら…どうする?)



(そうだね…杉並君かぁ…でも、母さんのことを知っているってことは魔法のコトも間接的に知っているってことだよ…多分)


ありえる話しだった。この杉並は時々、まるで俺やさくらが魔法使いであることを知っているかのようなことを言う。

しかも、あいつが今回調べた事はほぼ間接的に魔法に関する事の可能性が高い。

これは俺たちに対する警告なのかもしれない…『足を踏み入れるつもりか?』という…



そう思う一方で、実はこの杉並は結局単なるオカルトの領域にいる男で少し感が鋭いだけの可能性もあった。

だから純一は判断に迷うのだ。


だが・・・・・・



(時間がない…今日はこいつに聞くしか方法がないからな…仕方ない。要点を掻い摘んで話すってことでどうだ?)



(そうだね…ボクもそれに賛成。すべて言う必要もないし、本当の言う必要もないと思うよ。)




「よし…話してやるから、まずは場所を移すか。桜公園でいいだろう?」



「ふっ。やっと話す気になったか。マイストー…ぐはっ!」



「だからその名前で呼ぶのはやめろ。本当に気持ち悪ぃ。」




純一は大半の男子や眞子のように杉並にはまったく容赦のない人間であった(笑)


 







そして、場所は風見学園より徒歩数分の桜公園の南口の近くのベンチへと移った。



さくらが適当にジュースを買いに行くと言って席をはずし、杉並と二人だけになるとゆっくりと話しの内容を始めた。


実はさくらの叔母でもあり、純一の叔母でもある芳乃おばあちゃんは魔法使いであり、またその血を少なからず引いた

母親の芳乃深夜…さくらの母親も魔法使いであること。

 


桜の木は芳乃の叔母が咲かせ、この前枯れたが再びさくらの母親が咲かせた…ということにした。


いくら純一でも、この杉並に自分やさくらまでも魔法使いの血を引いて使えるなんていった日に何があるかたまらないからだ。



「そうか…だが、朝倉よ。お前は何か隠していないか?」



「な、何をだ?」



なんとなく分かりやすい男、朝倉純一であった(笑)

杉並は気づいているのか、それとも気づいているのにわざと話しを誑かせるような態度を取りながら話しを続けた。



「なら、一つ問う。なぜ、この前桜は一度枯れたのだ?」



鋭い突っ込みだった。

あのとき帰ってきたのはさくらだけであり、もっと言えば今の純一とさくらの関係を見た上で下手な誤魔化しなど…早々できるものではないのかもしれない。



「し、知るか。俺が。」



「いや、その目は知っていると言う目だ。間違いない。いったい何年お前と苦楽をともにしてきたと想っている。


そう、想いよこせば初音島幼稚園タネ組にてお前と机を並べて以来十数年。時には拳すら交えてきたこの俺様の目はごまかせないぞ。」

 



お前と拳を交えた事はない気がするが…と心の中で突っ込みをいれつつも話だけは続ける。



「この桜の木…そして前後にある不可解な事件や行動…既に一部では確認も取っている。

天枷研究所からデータは抜き取ってあるし、またこの初音島全員の戸籍データもまた俺の中には存在するのだよ。」



いったい何者だこいつは…と半分呆れながら、同時に美春と頼子さんのことがばれていると悟る純一。


美春は天枷研究所にその実験データが。頼子さんのことは…さくらから聞いた話しをそのまま当てはめれば

この初音島にいる『鷺澤美咲』という女性の戸籍情報を見た時点で分かっている…ということになる。



「さらには、白河ことりの桜の木が咲いていたころと散り始めたころの前後関係。

まだまだあるが、すべてに関係している事は一つだ…お前だ。朝倉よ…お前がすべての事件にかかわっているとしか考えられん。

そして、お前の彼女たる芳乃嬢もな。」



「そこまで調べているならわざわざ聞く必要性もないんじゃないか?」



半分呆れた風に純一は言ったつもりだった。

ここで暗黙のうちにばれている…とも想う。だが、同時に揺さぶっているだけとも取れる…それを調べるにはそう言えば…



そう、一応杉並と共にいたずらを、少し前までやっていた純一は、思いついたわけである。

だが、杉並はそんな純一の考えもお見通しと言った感じで、コマを進める…そんな言葉が合うかのように続けた。



「ふっ…別に言ってもよいのだが…それでは朝倉妹の立場があるまい。

例え、朝倉妹がその事実を知っているといっても、まさか兄妹よりも先に親友である俺が知っていて

しかもだ。この俺様が独自の情報ラインで調べたとあっては、感情面での問題に発展するとは想わないか?」



「まあ…ありえんことではないが、お前が危惧するべき問題でもないんじゃないか?それに親友じゃなくて悪友だ。」




しっかりとそういう落としどころは突っ込む純一であった。


ただ、一つだけ分かったことがあった。


『こいつはすべて知っているくせに俺たちをからかっていやがった』だ。


どう見ても、今の発言は純一とさくらを『恋人』の関係ではないと言っているようにしか純一には見えなかった。

もっとも、それが中立的な視点からすれば、あるいは別の考えを持ったのかもしれないが。



「で、俺に言って欲しい言葉は何なんだ?」



「そうだな…まあ、特に言って欲しい言葉はない。だが、あえて言えば…欲しいというよりも一つの問いだ、朝倉。

……お前は魔法が使えるのか?」



単刀直入だ…純一は、杉並の性格を知っているからか、逆にそう感じてしまった。


はっきりいえば、今までの無駄な会話があったのだから単刀直入ではない。

だが、それでもその『一つの問い』は、純一に単刀直入と思わせるほどの言葉であった。



「そうだなぁ…かったりぃ。」



「お前は、まるで仏像のようだな。なんだ。その信念で悟りでも開くつもりか?」



「いや。そんなつもりはないんだがなぁ…魔法使いだとなんで想うんだ?」



「それ以外にこの事情を説明する方法があるまい。それにお前の言ったとおりに調べた芳乃深夜嬢も

魔法使いで、彼女の影響もあって再び桜は咲いたと俺は予測している。前回の桜の散ったときの状況は芳乃嬢と朝倉妹の確執が消えたことにある。

だが、現状の芳野嬢と朝倉妹には前回ほどの確執はあるまい。多少の想いの食い違いはあるとしてもな…」



的確かつ、鋭い指摘である。

純一も内心、桜の木が咲いたのはむしろさくらの母親のせいでないかという考えもあった。



なぜなら…



『ばあちゃんにとって、さくらや音夢は孫だけど、深夜さんは子供だからなぁ…むしろ想い入れは強いんじゃないか?』


そう。あのさくらの母さんは、ばあちゃんの子供でもある。子供への思い入れがないはずがない。

そして、同時にさくらの母さんは何かの考えで桜の咲かせたことになる…なぜ咲かせたか…なんていうことが純一に分かるはずはないが

その程度は純一も、またきっとさくらも考えていたことだろう。


「ならば、再び咲かせたのがあの芳乃深夜嬢だとして、その前に枯らせたのは誰か…妥当な線は、直系の血族の芳乃さくら嬢か
傍系の血族であるお前しかおるまい?そして、芳乃深夜嬢が魔法使いならば…お前たちもな。」



「分かった分かった…降参だ。ったく、こういうことに関してはお前は毎回鋭すぎるぞ。今度お前の名前でも教えろ。」



「はっはっはっ!!そう簡単に教えられるはずがあるまい。なんていっても、こういうミステリーキャラは小説には必要なものなのだよ。」



なんだよ、小説って。しかもミステリーかお前?という考えが純一に過ぎったが、こいつの思考回路は分からん…

そういう結論に達すると気にしないほうがよいと方向転進し、とにかくさくらが帰ってくるのを…と、ナイスタイミングでさくらが帰ってきた。


「さくら。こいつすべて知っていたぞ。」



「ふにゃ?つまりは、ボクたちが…」


「ふっ。こんなあからさまに不思議な初音島の事件に非公式新聞部が調べないと想ったのか。二人の魔法使いよ。

ともわれだ。今回の案件は色々と事情があるようだからな。ある程度の資料を持ってきた。俺の実家にあったデータ書庫から引き出したものだ。」



お前の一族は代々、こんなアホみたいな情報収集しているのか…と突っ込みたくなる資料であった。

しっかりとその資料はコピーであるものの、30年以上前の書類であることがその字体でよく分かるものだ。



さくらも、さすがに何者?みたいなまなざしで杉並を見ているしなぁ…と純一はさくらの顔を見ながら思ったが

これに限ってはやはり、こいつの正体を近々調べて見る価値があるかもしれんと思うばかりである。



「芳乃深夜嬢。ちなみに近年の情報をアメリカのネットワークから拾ったが、物理学において核融合開発に着手。

さらには宇宙多神論の展開。そして、それでいながらの慈善活動で相当良心的な科学者として出ているが…

どうやら、この初音島にいたころは単なる一少女だったらしい。これがその写真だ。」



と、杉並が書類とは別にカラーコピー印刷してきたと思われる紙を取り出して純一に手渡す。



「…さくらの母さんだと万人に認めさせそうな写真だな。これは。」



見た目がさくらの似すぎている。というか瓜二つのレベルだろう。ここまで似ていると…



将来のさくらもあんな美女になるのか…ぜんぜんそう見えんがなぁ……



そんないう甘い希望を純一が心の奥に発生し、隣でなにやら軽蔑の眼差しでさくらが彼を見る事となった。

まあ、自業自得である。



「ともわれ、彼女は風見第一中学を卒業し、順調に出世コースだ…だが、この中学を出る時点が怪しい。

どうも、この前後で大きな変化があるように見えるな。」



確かに、中学まではごく平凡かつ、どうやら男子には人気の少女で、女子にもそれなりの好感を持たれていたようではある。

昔に、なんで一島人のここまでの詳細データがあるか思いっきり不自然だが、まあ…あるのだから納得するしかない。

そう、結局は適当に納得するしかない純一はそのまま納得して、書類に次々と目を付けて行く。それはさくらも同じだ。



「母さんの…うにゃ?この中学卒業前に転校している男の子ってなに?」



「ああ。それか…名前は『中崎 祐二(なかざき ゆうじ)』。風見第一中学から本土の中学に転校…これは家の方の転勤だな。

転校日は7月8日。実際にこの初音島から出て言った日は7月7日…、今日か。これは関係ありそうだな。」



関係ありそうというよりも、むしろそれでビンゴだろう…純一もさくらも同じように考えていた。


『深夜さん(母さん)は、自分の別れに重ねて何かをしようとしている』…これに限る。


そして、それをとめる方法として、俺たちに何かをさせようということだ…もっとも、これでは何かはさっぱり分からない。



「おい、杉並。深夜さんの今の研究って何なんだ?」



魔法とはまったく関係ないはずだろうが、とにかく情報は多く必要だ。

この手の研究者は、物理学全般というわけではな、ある固定した分野に特化しているのが常識だが、深夜は天才と言われるだけあって

いくつか掛け持ちしている。その中にかぎとなるものがないとか考え出したわけだ。



「そうだな…研究と関係あるかは知らんが…このごろ、深夜嬢は母親の写真を多々見ていたという情報がアメリカ支部から上がっている。」



…なんだアメリカ支部って…おい…


もう、こいつが何者なのかさっぱり見当がつかないレベルの奴にしか純一は見えなくなってきた。


FBIかCIAか…それとも…と、思い当たる限りの諜報機関を考える始末である。



だが、さくらは、ほとんどそんなことよりも別の方の考えが向いていた。


おばあちゃんの写真…?


それがさくらには不思議だった。おばあちゃんと深夜は喧嘩をしていた…と彼女自身が母親とおばあちゃんから聞いていたからだ。

死んで少しなら分かるが、なぜ今頃になってか…それはまったくの謎だった。



「ただ、一つ言っていいか?なぜ、今回の桜の木の一斉開花はここまで不気味なんだと思ったのだが……

不気味なのはそれだけではないようだ…この写真を見てくれるか?今日の午前0時の写真と先日の午後11時30分の写真。

両方とも、宇宙を取っているものだ。ベガとアルタイルに注目しろ…発光している光の総量に目に見えるだけの変化がある。」



そんなバカな…とさくらも純一もベガとアルタイルを探す…と、見て二人は驚愕した。


確かにベガもアルタイルも光は強い方の星だ。だが、二つを比較すると…まるで二倍ほどまでに光が強まったかのように光っていたのだ。



「現在、イギリス等の国々でも確認されている『異常発光』は時間を追うごとに強まっている。

日本人の中では『七夕の奇跡』というやつもいるみたいだが…これとの関連はないか?」



確かに桜の木を咲き続けさせた…その力も、ある星の光を強めるも本質的には同じ…それを知っているさくらは余計に感じ取っていた。



星…七夕…二人の別れ…そして音夢ちゃんとボクとお兄ちゃん…


その単語を並べたとき、何かがさくらの頭の中で引っかかった。



「…分かった。分かったよっ!!お兄ちゃんっ!!母さんの目的がっ!!」



引っかかった事が、そのまま糸口となった…そして、さくらは純一たちに目的を話し、用意とともに日暮れを待つ事とした。

 


そう、再びベガとアルタイルが出る時間まで…